シーン・フロム・レーシングメモリーズ
猛烈な水煙を跳ね上げながら1コーナーを目指すFormula NIPPONのマシンたち。こんなコンディションではマシンのポテンシャルやドライバーのドライビングスキルももちろんですが、ドライバーの闘争本能が最も試されることになります。水煙の向こうに見えるコースサイドの風景から、これが富士スピードウェイでのレースであることは簡単に分かると思います。それでは問題。これは何時のレースだったでしょうか? そしてポールポジションを奪ったのは誰?
分かった方、もっとヒントが欲しい方は、Twitterでどんどん論議してください。ネタバレ&ウンチク大歓迎です! ヒントは、左端のマシンのカラーリング。このドライバーのファンなら、これだけで“すべてお見通し”ですよね。
1996年10月20日
FORMULA NIPPON第10戦/最終戦(富士スピードウェイ)
ポールポジション:#19 カルソニックIMPUL/星野一義選手
写真のカットは1996年の10月20日に富士スピードウェイで開催されたFORMULA NIPPON第10戦=シリーズ最終戦のスタートシーン。より正確に言うと、オリジナルスタートの直後にアクシデントが発生し、レースは赤旗中断。完全に最初からやり直しとなった2回目の、スタートダッシュの様子です。この写真からも分かるように、ポールポジションは#19、カルソニック・カラーの星野一義選手でした。
星野選手と言えばカルソニックカラーのブルーが印象的でしたが、この96年はトップフォーミュラで唯一、カルソニックカラーのマシンをドライブしたシーズンでした。だから彼のファンなら、カルソニックのロゴを見ただけで96年シーズンだと気づいてしまったでしょうね。もうひとつ、このレースで重要なポイントは、ポールの星野選手の隣には、親子ほども年の違う高木虎之介選手が並んでいたことです。日本でトップの座に君臨していた星野選手を打ち負かして、最初にF1GPへと登り詰めて行ったのは中嶋悟選手でした。そして鈴木亜久里選手が、片山右京選手が、次々と星野選手を乗り越えてF1GPへとステップアップしていきました。もちろん星野選手が負けた訳ではなく、星野選手の胸を借りて成長した後輩たちが、先輩の果たせなかった夢を追いかけて海外へと新しい挑戦に旅立っていっただけのこと。そしてこのシーズンは虎之介選手が。ただし星野選手もあっさりと道を譲った訳ではありません。このシーズン最終戦では渾身のドライビングでポールを奪取。ラルフ・シューマッハ選手と服部尚貴選手のチャンピオン争いに話題が集中する中、ファンの関心を自分に引き戻したのです。
もちろん、決して確率的には大きな数字ではなかったのですが、星野選手にも逆転チャンピオンの可能性は残っていました。しかし、このベテランにとってタイトル獲得よりも、もっともっと望んでいたことがありました。それは勝負に勝つこと、でした。そして、それだけを考えてスタートしたのですが、最初のスタートでは1コーナーでまさかのスピン。星野選手らしからぬミスでしたが、女神はこの勝負師の気合に免じてか、粋なシナリオを用意していました。スタート直前に急に雨が降り出したために、各車スリックタイヤでスタートしたことが原因でしたが2コーナーの立ち上がりで多重クラッシュが発生、レースは赤旗中断となったのです。もっとも、これが星野選手にとって最良だったのかは判断が分かれることになるのですが、ともかく、レースは仕切直し。再スタートとなりました。
そして写真のシーン、2回目のスタートとなります。ここでも好ダッシュを見せた星野選手はホールショットを奪うと、高木選手に先んじて1コーナーにアプローチしていきます。もちろん、星野選手が同じミスを繰り返すはずもなく、トップのままオープニングラップを走り切ります。コントロールライン上では早くも数秒のギャップを築いていました。次の周も、また次の周も。星野選手の独走は続きました。しかし、星野選手がドライブする、カルソニックカラーのフォーミュラマシンは、その後は二度とコントロールラインを横切ることなくピットに向かいました。クラッチが音を上げてしまったのです。最初のスタートでスピンから再スタートする時にストレスを掛けすぎたのか、そもそも2回のスタートに無理があったのか…。ともかくこれで、星野選手はリタイアとなってしまいました。
その後、ピットに戻ってきた星野選手が大荒れだったことは、ホンのエピローグに過ぎません。重要なのは公式予選で乾坤一擲のスーパーラップを見せてポールを奪い、決勝でもホールショットを奪って見せたことです。間近でそれを見ていた高木選手には、その凄さが嫌と言うほど刷り込まれたはずです。そしてそのことがやがてF1GPへと旅立っていく彼には、何よりの餞となったはずです。そうそう、翌シーズンもトップコンテンダーとしてフォーミュラ・ニッポンに参戦すると思われていた星野選手は、開幕前の合同テストには参加したものの、トップフォーミュラからの引退を発表、結果的に、この雨のレースが星野選手にとっては最後のトップフォーミュラとなったことも付け加えておきましょう。