マジで一日走り続けます

世界三大レース、モナコGPにインディ500という名だたる自動車レースの他にもう一つあります。ル・マン24時間レースと呼ばれる、フランスにて開催される耐久レースです。大会名の如く、24時間走った先で優勝者を決定するので、相当過酷なレースであることは間違いありません。24時間1人で走り続けるのかと思う人もいませんが、何処のブラック企業ですかと返したくなります。当たり前ですが、そのような危険走行を大会側も認めておらず、必ず複数人の参加が原則となっている。大きな枠で見ればチーム戦とも言えなくもないですが、ドライバー個人が主にピックアップされているので、他の大会とはまた違った立ち位置に存在していた。

レースが始まったのは1923年とこちらも戦前からとなっている。それから大会が中止されたのは世界大戦が激化したときだけと言われているので、フランス国内にしてもこの行事はある意味国家全体に共通する一大イベントだったということだ。24時間も走る時点で普通ではないと思うのは当然でしょう。実際過去にはチーム戦とほぼ言っても良いこのル・マンで、かつて1人だけ23時間ぶっ続けで運転するという、無謀な挑戦を行ったものがいました。

結果的に、不眠で動いたせいでギアを入れ間違えてしまい、エンジンを壊してリタイアすることになる。この出来事によって1人のドライバーによる長時間運転は出来ないと規定され、健康体でなければ意味が無いということを証明する実験材料となった。

そんなル・マンレースだが、不眠で稼働するよりも、起こってはならない大事件が過去に起こってしまっているのです。

カーレースといえば

1955年の出来事

ル・マン24時間レースはその歴史の中で史上最悪とも言わさしめる大事故を引き起こしてしまったことも有名な話として知れ渡っています。その出来事が起こったのは1955年のこと、死傷者300名近くも出すという最悪の事態を引き起こしてしまったのだ。この事故が起こったのは夕方18時過ぎのこと、進路変更をすることで追突を避けようとした前の車両を避けきることが出来ず、メルセデス・ベンツを運転していたドライバーが激突、そのまま乗り上げて空中へ飛び上がってしまったのだ。

何百キロと加速している自動車が激突して空中分解するように、車体のあらゆるパーツがそのまま飛散して事もあろうに観客席へと墜落していったのだった。破片は超高速で飛んで来るた避けきれず直撃を食らってしまったものもいたでしょう。車体は当然炎上し、ドライバーは勿論、その他に観客やスタッフを含めたル・マン自動車レース史上最悪の悲劇として現在まで語り継がれています。

この事故によって世界でモータースポーツの安全性を今一度確認するよう呼びかける、そんな展開を呼び起こした。

近隣ではレース自粛・禁止へ

このル・マン24時間レース1955年事変によって自動車レースそのものの安全が確保されなければレース開催など出来ないとして、フランスは勿論、イタリアでも政府が許可を出すまで開催することは出来ないという通達がなされた。さらにはこの影響をモロに受けて、国内での自動車レースそのものを禁止するとしたのがスイスだ。

今まで速度を重視して、安全面を蔑ろにしていたつけが突如として降りかかってきたことにで、自動車レース業界で安全第一という思案が打ち立てられるようにもなっていったのです。

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日本チームの状況

ただ大会として見た場合には、日本は切っても切り離すことの出来ない関係にある。そもそも、世界三大大会の中でも総合優勝を飾っていることでも知られているので、現在も日本の自動車メーカーはこぞって参加しているのもよく知られています。

そんな世界大会で初の総合優勝を飾ったのはマツダが作った自動車だ。ドライバーは外国人なので日本人と関係があるわけではありませんが、この優勝によって日本製の自動車が性能はもちろん、技術的にも世界レベルへと通じるところまで発達していることを証明したのだった。世界企業として知られるトヨタも参加していますが、今のところ使用車体で名が上がっている国産メーカーはマツダのみだ。トヨタはいいところまで出てくるものの、優勝まであと一歩というところまでになっている。