ミッレミリアと呼ばれた自動車レース

スポーツカーレースの中でもいわゆる、かつては伝説と呼ばれていた物もありました。それはイタリアで1927年からおよそ30年間開催されていたミッレミリアというレースになります。このレースはサーキットではなく、公道を用いて行われていたレースで、イタリア北部のブレシアから南下して、最終的にローマを目指していくことになる。その距離およそ1,000マイルとなっており、レース名はイタリア語で翻訳したことから名付けられました。

そんなミッレミリアも流石に世界大戦中は開催を中止せざるを得ない状況に追い込まれてしまったが、終戦してから2年後には再開されるというタフさを発揮します。ですがそんなミッレミリアも開催中止を言い渡される大事件が起こってしまった。それは1957年に行われた大会で、スペインから参加した伯爵閣下が運転するフェラーリが暴走して観客たちへと突っ込んでいく大事故が起こってしまった。観客の中には死亡する者も出て、運転手である伯爵閣下も命を落としてしまいます。

この事態によって大会は開催中止を支持することとなり、その歴史に幕を下ろしてしまった。皮肉すぎるのは、ル・マン24時間レース1955年の事件から2年後と起こってはいけない時に事故が発生してしまったので、やむを得ない事態だ。

そんなミッレミリアだが、クラシックカーレースとして1977年にタイムトライアル方式で復活することとなり、20年ぶりのお祭りということもあって現役引退をした元レーサーも集うなど、お祭り気分で楽しめる騒ぎが毎年繰り広げられている。そんなミッレミリアも、日本にて開催されていたことを覚えている人も多いのではないでしょうか。

カーレースといえば

1992年開催

日本版ミッレミリアが開幕したのは1992年のこと、JAFグランプリが終りを迎える年にやってきたミッレミリアはフジテレビの事業部が日本へとレースそのものを持ち込んだことで開催されました。今では落ち目とまで言われているフジテレビも、この頃は権力とお金といった色々な面で潤沢だったこともあり、多少の無茶をする暗いに豪胆さが合った時代です。初年度と合って、開催するにあたり莫大なお金が動いたことでも有名です。何と言っても、

  • 50台のクラシックカーを空輸(ヨーロッパ・アメリカなどから)
  • 日本参加から10台追加
  • 週一で6分間の関連番組放送

などといった具合に利益が望めるとしてかなりの投資を行った。またミッレミリアの大ファンだという芸能人も巻き込みつつ、さらに日本人が自動車レースに興味があると思わしつつ大会の成功を段どっていこうとしていました。

しかしこの頃はバブル経済が完全に崩壊し、平成不況下に置かれてしまいます。また思ったよりもスポンサーが集まらなかったなどの事情も合って、クラシックカーの空輸や保険料などの莫大な金額を負担することが出来ないため、その後フジテレビが関わることも減っていった。

フジテレビから離れた後

フジテレビの支援から独立する形でミッレミリアを盛り上げていこうとする動きが強くなり、毎年秋には開催するクラシックカーレースとして持ち上げようとすることも本格的に内定する。そんな大会だからこそ、著名人も多く参加されているのでファンは国内でも多く見かけられていた。

1997年から2000年、この頃に開催されていたミッレミリアは、東京都原宿・明治神宮をスタート地点として、福島の裏磐梯で2泊しながら南東北を周遊して南下し、栃木県茂木町を通過してスタート地点である原宿・明治神宮をゴールする。その後も大会規模を大きくしていこうとする動きもありましたが、翌年に起こった東日本大震災の影響によって小規模ながらも東北地方での開催が行われてました。

今後も日本でミッレミリアは開催されていく予定となっているので、興味がある人はいつか何処かで参加してみるといいかもしれません。

憧れのあの車

自動車レースというものについて

ここまで自動車レースについて話をしてきましたが、やはり衰退という点は否めないのはしょうがないでしょう。フォーミュラーカーそのものの需要は高いが、スポーツカーともなると速度と距離、そしてレース規定などのあやふやさなどから開催するにはあまりに厳しいと判断されるのが、現在の状況だ。今後も何者かが発起人となってまた盛り上げていこうとする動きもあるかもしれないが、もし大事故に繋がるような事態になればその時点でもうスポーツカーレースの開催は絶望的でしょう。

レースをしても安全に行うことが出来ず、また帰ってくることも出来ない可能性を内包しているようでは意味がありません。レーサーとして活躍するなら命を掛けるのは当たり前、などと大仰な事をしても何もならない。実際、ル・マン24時間レースでの1955年事変では有名ドライバーが事故のショックから二度とレースに出場することはなくなってしまったという事実も確認されています。

モータースポーツは競技として盛り上がりを見せるかもしれませんが、その分だけ安全がしっかり保証されていなければ出場する気力は湧いてこない。メーカーもそれがわかっているからこそ、課題が山積みであることは認識しているはずだ。